HP「Seeking His face...(主の御顔を慕い求めて)」へ/


Rejoice always,pray without ceasing,
in everything give thanks;
for this is the will of God in Christ Jesus for you.


心の平安は自力では得られない〜神の元に行って全き平安を・・・

先日まで数日間、燃え尽き症候群ではないですが、試験が終わってから気が抜けたような状態になってしまいました。室内外の寒暖差が激しい上に加湿器を使うようになった為、前よりも酷い窓の結露地獄でうんざりしてしまいました。

何とも説明しがたいスッキリしない気持でした。この前のピアノの失敗の時のように、単純に好物のカレーを食べて気分を上げられるような単純な気持ではありませんでした。本当に久しぶりに、どんよりした気持ちになりました。

気分転換にピアノを弾いても、この前まで弾けていた曲がもう弾けなくなっていて、更に追い打ちをかけて嫌になりました。こういう時は好きなことに打ち込むのが一番なので、NHKの語学講座をオンラインでワーッと一気に聴いたりしました。

私の場合、知的好奇心が刺激されると心が落ち着いて来ます。語学の勉強は、言葉は移り変わって行くので一生勉強するしかないのですが、新しい発見があると刺激を受け嬉しい気持になります。気分転換に自力で出来ることはこの程度です。

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私はクリスチャンなので、最終的には神様の所に行って祈り、全き平安をいただくという流れになります。もちろん、神様は祈る前から私の心の内はお見通しですが、お祈りは神様とのコミュニケーションなのでとても大事です。

私は、子供の頃はおばあちゃん子でした。内気で自己主張も出来なかったので、泣きながら帰って来ては「おばあちゃ〜ん」と抱きついて安心していました。クリスチャンになってからは「イエス様〜」に変わったわけですが。。(笑)

下記は、信仰初期の頃からずっと支えられている御言葉です。要は、心配しないでどんなことでも躊躇せずに全て神様にお話しすれば良いということです。そして、「・・を感謝します」と恵みを数え、異言で祈っているうちに心に平安が戻って来ました。

どんよりした日は、2年間イタリア語でお世話になった先生とクラスメートと夜食事をすることになっていました。先生を囲み元気で明るい20歳位の4人とお喋りをし、美味しいイタリア料理を堪能し楽しい時間を過ごすことが出来ました。神様ありがとうございます。^^

何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。
(ピリピ4:6-7)

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