いつもは聖書アプリを使ったインスタをアップしていますが、今回は教会の近くで撮ったコスモスの写真を使ってみました。普段は口語訳で馴染みがあるのですが、詩篇103:2の新改訳を知った時、心により深く刻まれた感じがし、それ以来気に入っています。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
(詩篇103:2 新改訳)
この聖句を読むといつも、聖歌の「望みも消えゆくまでに」を思い浮かべます。
日本語の歌詞ではおりかえしが「数えよ一つずつ 数えてみよ主のめぐみ」ですが、英語では「Count your blessings; Name them one by one.」になっています。直訳すると「恵みを数えて、一つ一つ(恵みを)挙げていきなさい」です。
実際にこれまで神様から与えられた恵みを、「イエス様、あの時は大変でしたが、〇〇して頂きましたよね。本当に嬉しかったです!感謝です!」「又あの時も、不可能だったのに、神業でしたよね!」とか、一つ一つ挙げていくと、感謝で涙が溢れて来ます。
今仕事が空いているのは、たぶん、神様から特別に祈る時間が与えられているのだと感じています。私の仕事以外のお祈りの題目がものすごく多いのです。特に今月一杯位までは、或ることについて特に集中して祈らなければならない重要課題があります。
お祈りの始めには、「私の霊の目と耳と心を開いて下さり、、」と毎回言っていますが、聖書により親しみ、時間をかけてお祈りをし、神様とより深く交わることが出来るようになった為か、神様の思いが、より私の心に響いて来るようになりました。
昨日は洗礼記念日でした。洗礼式の時も10月にしては暑い日でした。受洗直後、一緒に洗礼を受けた当時のBFと「何か、ぼーっとしてない?」とお互いに不思議がっていたのでした。今までにない経験だったので、正しい表現が見つからなかったのです。
それは「聖霊による全き平安」でした。聖霊の満たしや喜びは、自分の力で無理やり作り出すことは出来ません。何故なら聖霊は、状況には支配されないからです。最低最悪の状況なのに、何故か聖霊の喜びで満たされるという不思議な現象が起きるからです。
昨日の夕方帰宅すると、古くからお付き合いのあるネットフレンドから、讃美CDと本が届きました。丁度私の洗礼記念日に届くなんて、神様の細やかな演出は素晴らしいですね!何年か前のお礼と言っていましたが、洗礼記念日のプレゼントになりました。^^
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